前橋地方裁判所 昭和23年(ワ)18号 判決
原告 小野塚録次
被告 林巳之吉
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し前橋市田中町百二十七番地の一宅地百二十坪一合二勺、同番の二宅地二百八十四坪四合合計四百四坪五合二勺のうち右土地の西側南端から西側に沿い北へ十五間進んだ点と右土地の東側南端から東側に沿い北へ十五間進んだ点とを結んだ線より南の部分三百六坪を引き渡すべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めると申し立て、その請求の原因として、原告は昭和二十二年九月一日請求の趣旨記載の宅地をその地上に製粉機組立工場建設の目的で、当時の所有者井口由藏から買い受けて、その所有権を取得し、同年十一月五日これが所有権移轉登記を了した。ところが被告は、原告に対抗すべき何等正当の権限がないにもかかわらず、右宅地の北方寄りに木造板葺平家建居宅一棟建坪二十坪二合五勺の建物を建築居住し、その余の部分も被告の営む屋根板工業の材料置場や家庭農園などに使用し、右宅地全部を不法に占有しているので、ここに原告は被告に対し所有権に基き右宅地のうち請求の趣旨記載の三百六坪の引渡を求めるため本訴に及んだと陳述し、被告の主張事実中もと本件宅地がその地上の建物即ち百二十七番の一所在一号木造洋瓦平家建事務所一棟建坪八坪六合六勺、百二十七番の一、同番の二(両番地に跨る)所在二号木造洋瓦平家建倉庫建坪八十六坪及び百二十七番の二所在木造瓦葺平家建倉庫建坪二十八坪とともに戸田松太郎の所有に属していたが、右宅地建物が被告主張の如く競賣に付されて、その主張の日時井口由藏が競落したこと、右競落当時被告が右宅地上の建物を占有使用しており、被告は引き続き井口から右建物を賃借したこと(被告は宅地と建物とを併せ賃借したのではなく建物のみを井口から賃料一ケ月金六十円の約定で期間の定なく賃借したのであり、又被告は当時本件宅地の全部を使用していたのではない)、その宅地の南部に根岸某が居住しており、井口が根岸から幾分の地代を徴していたこと、昭和二十年八月五日の空襲で右宅地上の建物が罹災滅失し罹災当時被告が右宅地上の建物に居住していたこと、罹災後被告が右宅地上に建物を建設し昭和二十二年十一月五日その建物につき保存登記の仮登記をしたことはいずれもこれを認める。井口は被告の罹災都市借地借家臨時処理法に基く土地賃借の申出に対し、申出を受けてから三週間以内である昭和二十二年十一月二日の内容証明郵便を以て正当の事由に基く適法な拒絶の意思表示を発し、右期間内にその意思表示は被告に到達したから、被告主張の如き賃借権設定の効力を生じない。たとえ同法によつて被告が賃借権を取得するに至つたとしても、右借地権が所有者の意思に反し、半強制的に設定される点にかんがみれば、右借地権の目的たる敷地の範囲は、罹災者の居住に通常必要な範囲でなければならない。而して本件についてこれをみれば、右宅地の北方九十八坪五合二勺を以て右範囲とすべく、その余の南方三百六坪については、被告は賃借権はもちろんその他原告に対抗すべき何等正当の権限を有しない。被告は罹災後井口から建物所有の目的を以て本件宅地全部を賃借した旨主張するけれども、井口が被告に右目的を以て貸與したのは北寄りの約二百坪であつて、その余の南寄り約二百坪については、井口は被告から「どうせ空いている地続きの土地故野菜でも作りたいから貸してくれ」との申入を受けて、これを承諾した結果、建物所有を目的としない一時使用のための借地権を設定するに至つたが、その後井口は戰災その他の事由によつて從來営んで來た製糸事業を継続することができなくなり、所有土地を賣却せざるを得なくなつたので、被告に対し本件宅地の賣却方を申し込んだところ被告が容易に回答しなかつたので、井口は原告に賣却方の申入をした。そこで原告は製粉機製作の事業を営む関係上少なくとも二百五十坪位の土地を必要とするところから、それだけの土地を被告から明け渡して貰えるかどうか井口に問い合せ、井口は被告に対しそのことを確めたところ、被告は井口に対し二百坪だけは返却すると約束したので、原告は本件宅地を買受くるに至つたのである。從つてたとえ井口と被告との間に本件宅地全部について賃貸借契約があつたとしても右二百坪についての賃貸借契約は前記の如く井口と被告との間の合意解約によつて終了したのである。從つて被告は少なくとも右二百坪については、原告に対抗すべき何等正当の権限を有しないと附陳した。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として被告が本件宅地の北寄りの部分に原告主張の如き住宅を建設居住し、その余の部分を被告の営む屋根板工業の材料置場や家庭農園などに使用し、右宅地全部を占有していること及び原告が引渡を求める土地の範囲が三百六坪であることはこれを認めるが、原告がその主張の如き目的を以てその主張の日時右宅地を買い受けたこと、原告主張の日時これが所有権移轉登記を了したこと及び井口が本件宅地とその地上建物とを賣却せざるを得なくなつた事情が原告主張の如くであることはいずれも知らない。原告その余の主張事実は否認する。被告は昭和三年五月当時の所有者戸田松太郎から本件宅地四百四坪五合二勺とその北半部の地上に存在した建坪四十六坪の居宅兼事務所及び建坪六十坪の倉庫とを併せて賃料一ケ月六十円の約で期間の定なく賃借し、当時右宅地は濕地であつたので、これにトラツク十数台分の土砂を入れて地盛をし、右建物に大修繕を加えたが、その後被告は右居宅に十五坪の建増をし、南半部の地上に建坪十六坪の自動車車庫、二十八坪の倉庫を各建築して屋根板工業を営み、上叙南北の建物の中間部分は材料置場として使用して來た。ところがその後右宅地及び戸田松太郎所有の建物が競賣に付され(前橋区裁判所昭和十二年(ケ)第一六〇号不動産競賣事件)、井口が昭和十三年二月二十八日これを競落してその所有権を取得した。而して競賣当時に於ける目的建物の状態は百二十七番の一所在一号木造洋瓦平家建事務所一棟建坪八坪六合六勺、百二十七番の一、同番の二(両番地に跨る)所在二号木造洋瓦平家建倉庫建坪八十六坪及び百二十七番の二所在木造瓦葺平家建倉庫建坪二十八坪であつた。被告は引き続き右井口から前記宅地及び競落建物を戸田と締結した賃貸借契約と同一條件で賃借した。被告が戸田から右宅地を賃借した当時右宅地の西南隅に戸田所有の約十坪の家屋と約八坪の倉庫とがあつたが、戸田は右両建物を根岸某に、右宅地からこれを收去することを條件に賣り渡したところ、根岸はこれを收去せず又地代も支拂わずして、そのまま右家屋に居住し、その敷地とその軒下とを併せ約二十坪を使用し、井口は右宅地を競落後根岸から幾分の地代を徴するようになつたが、被告は根岸の使用部分を除くその余の宅地全部を占有使用していた。ところが昭和二十年八月五日戰災により地上建物が全部燒失した直後、被告は引き続き井口から本件宅地を賃借することとなつたが、その際井口から被告に対し「一ケ所の土地を被告と根岸との二人に貸して置くのは困るから、被告一人で借りて貰いたい」との申出があつたので、井口、被告及び根岸の三人相談の結果、被告は、被告が本件宅地の近くに賃借していた土地百五十坪を右根岸に提供し、本件宅地四百四坪五合二勺を井口から賃料坪当り一ケ年金一円合計金四百四円(後に坪当り金二円合計金八百八円に改める)の約定で、期間の定なく賃借し、右宅地の北部に原告主張の如き建物を建築居住し、なお南半部には建坪十五坪の事務所を建築すべく昭和二十年十一月井口の承諾書を添附して建築出願をし、その許可を得たが、資材の配給がないため、建築できず、前述の如く現在は材料置場に使用し、なお西方の一部は家庭農園として使用している。(1) 被告は本件宅地上に存在した建物の罹災当時の借主として昭和二十二年十月中罹災都市借地借家臨時処理法第二條により本件宅地賃借の申出を当時の所有者井口由藏に対して発し、右申出は同年十一月二日井口に到達したが、井口及び同人より右土地を買受け同月五日その登記をしたと称する原告は井口が右申出を受けた日から三週間以内にいわゆる正当事由に基く適法な拒絶の意思表示をしなかつたのであるから、その期間の満了の時即ち遅くとも同月末日には被告の申出を承諾したものとみなされ、その結果被告は罹災当時罹災建物の敷地として使用していた本件宅地全部につき他の者に優先して賃借権を取得するに至つたのである。從つて被告は、右賃借権を以て、井口から右宅地の所有権を取得した原告に対抗することができる。罹災当時根岸が居住していた建物の敷地についても同様である。即ち罹災当時の居住者である根岸が罹災建物の敷地として適法に使用していた右部分は、上述の如く当時の土地所有者井口と被告と根岸との三人協議の結果、被告が建物所有の目的で所有者井口から使用を許されるに至つたのであるから、罹災都市借地借家臨時処理法第三十二條により同法第二條を準用し、被告から井口に対し右部分の賃借の申出を爲すことができる。而して前記賃借の申出中には、かかる賃借の申出をも包含していたのであるから、右根岸が居住していた部分についても同月末日被告は、他の者に優先して賃借権を取得するに至り、從つて被告は右賃借権を以て原告に対抗し得る。(2) 仮に然らずとするも、上叙の如く被告は昭和三年以來本件宅地を賃借し、罹災当時右宅地に借地権を有していたのであるから、同法第十條によつて、右借地権の登記がなくても、これを以て昭和二十一年七月一日から五ケ年以内である昭和二十二年中に右宅地の所有権を取得した原告に対抗することができる。(3) 仮に上叙賃借権が存在しなかつたとしても、前述の如く被告は昭和二十年八月罹災直後原告の前所有者井口から本件宅地全部を賃借し、同年十一月中その地上に原告主張の建物を建築居住し、昭和二十二年十一月五日右建物につき保存登記の仮登記をした。「建物保護ニ関スル法律」第一條によれば、建物につき保存登記が爲されるにおいては、宅地の賃貸借は、その登記なくもこれを以て第三者に対抗することができるのである。從つて被告は、前記建物につき保存登記の本登記が爲されるにおいては、未だ原告が本件宅地につき所有権移轉登記手続を経由しなかつた昭和二十二年十一月五日の仮登記当時を以て、原告に対し右宅地の賃借権を主張し得るのである。而して不動産登記法第五條によれば、他人のため登記を申請する義務あるものは、その登記の欠缺を主張し得ないことを規定しているが、同法改正(一部)前の旧法においては、建物の保存登記には地主の連署を要することになつていたので、当時においては連署をしない地主は、該登記の欠缺を主張し得ないことは、法文の文字自体から明白であつたが、現行法では建物の保存登記には建物台帳謄本を添附することを以て足り、地主の連署を要せぬこととなつた。しかし建物台帳謄本を得るには、先ず地主と借地人の連署ある家屋建築申告書を当局に提出して、建物台帳の作成が爲されなければならない。ところが原告は、被告の前記建物に対する家屋建築申告書に地主として連署することを拒み、右建物台帳の作成を不能ならしめ、結局被告が前記仮登記に対應する本登記を爲すことを妨げているのであるから、原告は右保存登記の本登記の欠缺を主張し得ず、從つて被告は前記建物に対する仮登記を以て、「建物保護ニ関スル法律」第一條にいわゆる借地の上に「登記シタル建物ヲ有スルトキ」に該当することとなるから、本件宅地に対する賃借権はその登記なくともこれを以て第三者たる原告に対抗することができると述べた。<立証省略>
三、理 由
証人井口由藏、同佐藤豊藏の各証言を綜合すれば、原告が昭和二十二年九月一日前橋市田中町百二十七番の一宅地百二十坪一合二勺、同番の二宅地二百八十四坪四合合計四百四坪五合二勺の土地を当時の所有者井口由藏から製粉機組立工場建設の目的で買い受けて、右宅地の所有権を取得し、同年十一月五日原告のためにこれが所有権移轉登記を了したことが認められる。而して被告が現在右宅地全部を、居宅、その営む屋根板工業の材料置場、家庭農園等に使用し、これを占有していることは当事者間に爭がない。そこで被告の右占有が正当の権限に基くものであるかどうかを考察してみるに、右宅地はもと戸田松太郎が所有していたことは当事者間に爭なく、証人林トリの証言によつてその成立を認め得べき乙第四号証、証人林トリ、同井口由藏の各証言を併せ考えれば、被告は昭和三年中当時の所有者戸田松太郎から本件宅地の北寄りに存在した建坪四十坪の居宅、その東側の四坪の事務所、二坪の土間及び右居宅西側の六十坪の倉庫、宅地南寄りに存在した二十八坪の倉庫を賃料一ケ月金八十円の約定で期間の定なく賃借したことを認め得べく、昭和十三年当時に於ける右建物の状態は百二十七番の一所在一号木造洋瓦平家建事務所一棟建坪八坪六合六勺、百二十七番の一、同番の二(両番地に跨る)所在二号木造洋瓦平家建倉庫建坪八十六坪及び百二十七番の二所在木造洋瓦平家建倉庫建坪二十八坪であつたこと及びこれらの建物がその敷地たる本件宅地と共に競賣に付せられ(前橋区裁判所昭和十二年(ケ)第一六〇号不動産競賣事件)、昭和十三年二月二十八日井口由藏がこれを競落しその所有権を取得したことはいずれも当事者間に爭がない。而して前掲各証拠に依れば、被告は戸田より賃借していた前記建物を引き続き井口から賃料一ケ月金六十円の約で期間の定なく賃借したこと、その間被告は自ら右二十八坪の倉庫の東側に十六坪の自動車車庫を建築し、更に昭和十八年頃には前記八十六坪の倉庫の南側に十五坪の座敷を建増して、ここで運送業を営んでいたこと及び被告が戸田から建物を賃借した当時本件宅地の西南隅に鈎の手に戸田所有の約十坪の居宅と八坪の物置とが存在し、根岸某は收去することを條件として戸田からこれを買い受けたが根岸はこれを收去せず、そのまま右建物に居住し、地代も支拂わず、その敷地を占有使用して來たところ、井口が右宅地を競落後、同人は根岸に対し右敷地を賃料一ケ月金十円の約で賃貸するに至つたことを認められる。前橋市が昭和二十年八月五日空襲を受け、右宅地上の建物が罹災滅失したこと、被告が罹災当時右宅地上の建物に居住していたことは当事者間に爭がない。成立に爭ない乙第三、六号証及び証人林トリの証言によれば、被告が罹災都市借地借家臨時処理法所定の申出期間内である昭和二十二年十月三十一日同法により罹災建物の借主として、当時の登記簿上の所有者である井口に対し内容証明郵便を以て右宅地四百四坪五合二勺全部の賃借の申出をし、右申出が同年十一月二日井口に到達したことが認められる。罹災都市借地借家臨時処理法第二條により賃借権設定を求め得る土地の範囲は借主の賃借していた罹災建物の敷地であることは法文上明かであるが、同法にいう敷地とは、建築坪数のみを指称するものではなく、建物使用のため必要な庭園、通路、営業上の材料置場など建物賃借上從属的に使用していた土地をも含むものであつて、結局その範囲は具体的各事案の実情に照し適正な社会通念によつて定めなければならない。本件についてこれをみるに、前記乙第四号証、証人林トリの証言に檢証の結果を綜合すれば本件宅地は二筆併せて約二十間四方の略正方形を爲し、東方のみが道路に面した一区劃の土地であつて、罹災当時は前記の如くその南北に居宅倉庫等が建設してあり、本件宅地のうち西南隅の根岸の居住する十八坪の建物及びその附近を除くその余の部分は、被告が建物の建坪その他建物賃借上從属的に使用していたことが認められるから、被告は罹災建物の借主として罹災都市借地借家臨時処理法第二條に基いて、右根岸の使用部分を除く本件宅地に対し、賃借権設定を求め得られるものといわなければならない。而して成立に爭ない乙第六号証によれば、右井口から被告に対し、被告の罹災都市借地借家臨時処理法に基く土地賃借の前記申出を受けた同年十一月二日右宅地をすでに原告に賣却したことを理由に該申出に対し内容証明郵便を以て拒絶の意思表示を発し、その頃右意思表示が被告に到達したことが認められる。しかし土地所有者が土地を他に讓渡した(まだその登記がすんでいなかつたことは冒頭記載の通りである)というようなことでは、賃借申出拒絶の正当な事由とはならないこと論をまたないのみならず、その他原告の全立証によるも右拒絶が正当の事由に基くものと認めることができないから、右拒絶の意思表示は無効である。同年十一月五日井口より原告に本件宅地につき賣買に因る所有権移轉登記をしたことは前記の如くであるが、原告が被告に対し右賃借の申出を拒絶する意思を表示しなかつたことは原告の爭わないところである。從つて右井口が賃借の申出を受けた十一月二日から三週間を経過した同月二十四日右根岸の使用部分を除く宅地につき、被告のため借地権が設定されるに至つたものといわなければならない。もつとも成立に爭ない乙第一号証の一原本の存在とその成立に爭ない同号証の二成立に爭ない乙第五、七、八号証、証人井口由藏、同林トリの各証言を綜合すれば、被告は昭和二十年八月罹災直後井口から本件宅地四百四坪五合二勺を賃料坪当り一ケ年金一円、合計金四百五円(後に坪当り一ケ年金二円合計金八百十円に改める)と定め、建物所有の目的で賃借したことを認め得べく、被告が右宅地の北方寄りに木造板葺平家建居宅一棟建坪二十坪二合五勺の建物を建設し、昭和二十二年十一月五日その建物につき保存登記の仮登記をしたことは当事者間に爭ないところであるが、被告は右建物につき本登記をするか、賃借権そのものの登記をするかしなければその賃借権を以て第三者に対抗することができないわけである。被告は、原告が被告の右建物に対する家屋建築申告書に地主として連署することを拒み、右建物台帳の作成を不能ならしめ、結局被告が前記仮登記に対應する本登記をすることを妨げているのであるから、不動産登記法第五條の規定に依り原告は右保存登記の本登記の欠缺を主張し得ないと主張するけれども、被告がその賃借権を以て原告に対抗することができる前に原告が被告主張の家屋建築申告書に地主として連署する義務ありとは考えられないから、右被告の主張は理由がない。然るに罹災都市借地借家臨時処理法第二條の規定により設定せられたものとみなされる賃借権はその登記なくとも優先的効力があるのであるから、被告がたとえ前記の如き約定賃借権を有つていてもなお同法條による賃借の申出をする権利あるものと認めるのが正当である。次に右根岸の使用部分につき按ずるに、根岸は罹災前からその所有建物の敷地に借地権を有していたのであるが、罹災後被告は井口から本件宅地を賃借することになつたことは上記認定の如くであり、証人林トリ、同井口由藏の各証言を綜合すれば、その際井口から被告に対し「一ケ所の土地を被告と根岸との二人に貸して置くのは困るから、被告一人で借りて貰いたい」との申出があつたので、被告は被告の賃借している前橋市田中町百二十八番宅地二百坪の一部を根岸に提供し、本件宅地全部を井口から、建物所有の目的で賃借するに至つたことが認められる。從つて被告は、建物滅失当時根岸が居住していた前記建物の敷地を右の如き事情のもとに土地所有者井口から使用を許されるに至つたのであるから、被告は結局戰時罹災土地物件令第四條第四項に定める賃借権を取得したものと認むべきであり、從つて罹災都市借地借家臨時処理法第二十九條第三項、第三十二條の規定に基いて、同法第二條を準用し、土地所有者に対し右敷地について賃借の申出をすることができるものといわなければならない。而して被告が井口に対し同法所定の申出期間内たる昭和二十二年十月三十一日内容証明郵便を以てした前記賃借の申出中には、右の如き同法第三十二條に基く賃借申出の意思表示をも含むものと解すべきであり、これに対し正当な事由と認め得べき拒絶の意思表示が爲されなかつたこと上叙の如くであるから、右根岸居住建物の敷地についても、井口が右賃借の申出を受けた同年十一月二日から三週間を経過した同月二十四日被告のため借地権が設定されるに至つたものと断ずべきである。而して右借地権の取得は同法第二條により優先的効力を有する結果、借地権の登記がなくても被告は本件宅地四百四坪五合二勺全部に対する借地権を以て、右宅地の買受人である原告に対抗することができるものといわなければならない。原告は、たとえ被告が右宅地につき賃借権を有するとしても、そのうち二百坪については、井口と被告間において合意解約が成立した旨主張するけれども、証人井口由藏の証言によるも、未だこれを肯認し得ない。
よつて、原告の請求は理由がないので、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し、主文の通り判決した。
(裁判官 奥田嘉治 黒沢信夫 中島武雄)